【短編小説】なんだよもう、アイツもコイツも嘘つきばっかじゃん。ウザ。 ー 『卜』 vol.5

道端に捨てられていたコーラ缶を軽く蹴る。

カコンと音を立てて、小さな弧を描いたそれは、地面にぶつかると虚しくコロコロと転がった。

 

 

課題が終わっていないと告げて、祝賀会は早めに切り上げた。別に嘘じゃない。

けれど、店を出て、アパート方向へと歩き出そうとして、足が出なかった。

 

課題をしなきゃならないと頭ではわかりつつ、身体がそれを拒否している。

今回ばかりはもうダメかもしれない。

真綿で首を絞められているような苦しさに、早く課題期限がすぎてしまえばいいのにとさえ思ってしまう。

焦燥感に焼かれながらやり場のない気持ちを持て余し、うろうろと渋谷駅の周りを歩き回った。

 

 

そうしてしばらくがむしゃらに歩いて、わたしは気がつくと、あの日の占い館のビルの前に足を運んでいた。

一階はシャッターが下りたままだったけれど、テナント募集中の張り紙がなくなっていた。階段を上ると、二階の入り口には、未だに電飾の切れたままの、『占い館』の文字が書かれた看板があった。

 

それをぼーっと眺めていたら、不意に頭の中で悪魔が囁いた。

あ、面白いかも。

それはちょっとした興味であり、悪戯心であり、そしてわずかな期待でもあった。

わたしは悪魔の誘惑に負けて、そっとドアに手をかける。

 

 

受付の女性から受け取った紙に、わたしは明里の名前と、生年月日、そして『いい肉』の語呂で覚えた出生時間を記入した。

占う内容はもちろん、マンガ家になれるのか。

 

しばらくすると、受付の女性が紙を回収しに来て、代わりにお菓子を置いていった。

わたしはちょっとした悪事を働いている気分になった。

別に、犯罪をしているわけじゃ無い。

自分に聞かせるために心の中でつぶやく。

ただ、あの占い師に才能があるといわれたら、わたしもなにか変われるのかもしれない、そんなことを思っている自分は少しだけいた。

 

しばらくして、部屋の中から声がかかった。ノックして中へと足を踏み入れる。

室内は一年前とまったく同じ様子で、奥の椅子には相変わらずどっからどう見てもそこら辺にいそうな普通のおばさんが座っていた。

にこりともしない彼女に、どうぞ、とぶっきらぼうな声でいわれて、わたしは向かいの椅子に腰を下ろす。

 

占い師はパソコンに、わたしの書いた内容を打ち込んでいく。そしてキーボードから手を離し、カチリ、とマウスの左クリックを一度した。沈黙の中でその音がやけに大きくはっきりと耳に響いた。

一年前と全く同じ動作。きっと今、パソコンの画面には、あの日の明里と同じ占い結果が出ている。

 

わたしは今、占い師を騙そうとしている。

不意に、パソコンから目を離した彼女と目が合う。心を見透かされたような気がして、一瞬目が泳ぐ。心臓がばくばくとしている。膝の上でぎゅっと手を握りしめた。

 

占い師がおもむろに口を開く。

「はっきり言わせてもらうわね。あなたにその才能は、ないわよ」

狐に化かされたような気分だった。

 

 

館を出たあと、釈然としない気持ちを抱えながら東急ハンズへ向かった。つけペン用のインクが終わりかけていたのだった。

マンガの画材コーナーで、いつもの黒インクを買う。

そのついでに、なにか目ぼしいものがないかと他の画材も物色する。

 

マンガペンが陳列されている棚に、ふと、彼女の持っていたプロ御用達のGペンが置かれているのに気がついた。

その瞬間、

「わたし、見栄っ張りだからさ」

不意に彼女の言葉が頭に蘇った。

 

そして、あっと気がついた。

 

もしも。あの占い師が今日、わたしに告げたのと同じ結果を、一年前の明里にも告げていたとしたら。

根拠なんてない。けれど、なんとなく確信を持つ。

 

明里のやつ、見栄を張ったな。

 

あの日。一緒に占いに行った日。帰りに寄ったカフェでの会話で、彼女もわたしと同じように話を盛ったんだ。才能があると言われたと。

 

なんだよもう。そんなの盛るっていうより、嘘じゃんか。

わたしはまんまと騙されたんだ。

 

でも、じゃあなんで?  どうしてあんなにも明里は変わったんだろう。

少し考えて、そんな自問の答えはあっさりと出た。

才能がないから努力をしない、という選択があるのなら、才能がないからこそ努力をする、という選択だってある。それだけのことだった。

 

あー、もう、どうしてこんな単純なことに、今まで気がつかなかったんだろう。

彼女の起こした行動のすべての意味が、頭の中できれいに裏返っていく。

課題を真面目にするようになったのも、先生たちに積極的に教えを請うようになったのも、余裕を持って課題を提出するようになったのも。

むしろ、全部才能がないと思ったからこそ取る行動じゃないか。

占いを信じたからこそ、占い師の言葉が彼女の起爆剤になったんだ。

 

「ムカつくなぁ」

思わず声が漏れていた。そんなことをされたらもう、才能がないから、を理由にできないじゃんか。

 

ろくに信じてもいない占いの結果を言い訳に使っていた、今までのわたし、めちゃくちゃダサい。

突然脳内で起きたどんでん返しが、出来すぎた物語みたいでちょっと笑える。

 

あーあ、なんで気づいちゃうかなぁ、わたし。

どうすんだよ、もう。

こんなの知っちゃったら、余計に諦めきれなくなるじゃんか。あー嫌だなぁ。本当に嫌だなぁ。

 

締め切りまであと一日。

本当は今すぐにでも全てを放っぽり出して、全部なかったことにして、この街から逃げ出してしまいたい。

 

けれど。

 

きっとこれからわたしは立ち向かう。立ち向かわなくてはいけない。

だってもう気づいてしまった。

ここは渋谷。偽りの街、渋谷。たくさんの嘘とまやかしのはびこる街。

そんな渋谷の片隅で、ひっそり悔し涙を飲み込むわたしこそが、一番の嘘つき者なのだと。

 

 

(小説『卜』 完)

北原鈴子のプロフィール

大学生の頃、「なんとなく書けそうな気がしなくもないな」と思い執筆を始める。

基本的にぼんやりしており宇宙と交信していると言われながら、休日はスタバで小説を書いたり書くふりをしたりしている。

KADOKAWA電撃大賞にて賞を逃すも、編集者により拾い上げ経験あり。

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