【短編小説】あぁ、そう。もうマンガ家気取り(笑)ってわけ。いや、わたしはなにも言わないよ、言わないけどさ ー 『卜』 vol.4

五時ダッシュという言葉がある。

うちの学校において、それは、学生部が閉まる午後五時直前に、課題を提出するためダッシュで向かう生徒のことを指す言葉だ。

 

 

うちはとにかく締め切りが厳しい。一つでも課題を期限までに提出できなければ即留年という鬼みたいな規則がある。

 

マンガ家は常に締め切りとの戦いで、一度締め切りを過ぎればそれは読者からの信用を失うことにつながる。一度走り出したら止まることは許されない。

だから今のうちから締め切り厳守を徹底することが大切なのだと、入学してすぐのガイダンスで説明された。

 

まだバラ色のキャンパスライフを思い描き、やる気に満ち溢れていたわたしは、なるほど、気を引き締めなきゃいけないなと思い、ノートの端にシャーペンで締め切り厳守!  と力強く書いた。

そして一ヶ月後には現実に打ちのめされて五時ダッシュをしていた。

 

最初の頃はわたし以外にも五時ダッシュをする生徒は結構見かけた。

多分わたしと同じように、ろくな才能もなく、中途半端な熱量でやって来た人たち。だけどそんな人たちは、月日が経つにつれて、ひとり、また一人と学校から姿を消していった。

 

そんな中で、わたしはアップアップしながらも、五時ダッシュを繰り返していた。

だって、ここをやめたって、その先にいい未来があるようには思えない。

本気になれないくせに諦めることもできず、宙ぶらりんのまま毎月ある課題の期限にギリギリと首を絞められ、最終日の五時直前に校舎を疾走する。

こんな思いをするのなら、来月はちゃんと早めに課題に着手しようと心に決めて、やっぱり次の月には死にかけながら、校舎をひた走る。

 

もう一人、わたしと同じように、五時ダッシュをしながらしがみついていた生徒がいた。それが明里だった。

彼女が来るのはたいていわたしが課題を提出し終えたさらに後、本当に五時になる一分前とかそのくらい。

「すみまっせーん!  遅くなりましたー!」と、息を弾ませ、大声を出しながらバタバタと学生部に入ってくる。

職員に「またギリギリじゃない」と呆れられても、全くもって反省の色のない声で「ごめんなさーい」と、あっけらかんとして笑う。

 

わたしは少年マンガコースで、彼女は少女マンガコースだった。だけどわたしたちは仲間だった。五時ダッシュ仲間。

口に出して言ったことはないから、彼女がどう思っているのかは知らない。だけど、少なくともわたしは、彼女の存在に安心していた。夢に真剣になれないのは、わたしだけじゃないのだと。

 

けれど、そんなわたしの思いとは裏腹に、占いを受けに行った次の日から、明里は変わってしまった。

 

突然スイッチが入ったみたいに真面目に授業を受け始め、休み時間や放課後に職員室に行っては先生たちを質問責めするようになった。五時ダッシュもしなくなり、早めに課題を出すようになった。

 

「急にどうしたの、何かあった?」

わたしが訊くと、

「だってわたし占い師にお墨付きもらったし!」彼女は溌剌と答えた。

 

そのうちに、明里はすでに自分がプロマンガ家であるかのような振る舞いまで始め、道具もいつの間にかプロ御用達の高級そうなものに変わっていった。

 

そんな彼女を見ながらわたしは思う。

これは、あれだ。あれに似ている。マラソン大会で一緒にゴールしようねって約束していた友だちがゴール直前で猛ダッシュして、置いてきぼりにされるやつ。

きっと、わたしが今感じているのはその感覚に似ている。

 

もう五時ダッシュはしないの?

そんな言葉を飲み込んで、代わりに彼女の持つGペンを見て尋ねる。

 

「これ、買ったの?  高いやつじゃない?」

そういうのに疎いわたしでもペンに刻印された社名はどこかで見たことがあった。

 

わたしの問いに彼女はニコニコ笑う。

「わたし、見栄っ張りだかさ」

「いくら?」

「三千円」

 

明里の返答に、ヒェッと喉の奥から変な声が出た。

 

 

祝賀会は学校終わりに駅前のカラオケボックスで開かれた。

祝賀会という名前こそ仰々しいけれど、内容はパーティーコースを頼んで少人数で明里を祝うという簡素なものだった。

 

メンバーは、わたしと明里、そして彼女と仲の良い少女マンガコースの女子四人で構成されていた。

最初に話を聞いたとき、そんなアウェイな空間に放り込まれるのは、正直ヤダなぁと思った。

でも、祝いの主役に誘われたら断るに断れない。

 

わたしは明里がキャイキャイと、同じコースの女子たちと楽しげに声を上げているのを聞きながら、ひとり、タバコの匂いの染み付いた部屋の隅で一心不乱にサラダを胃袋に詰め込んでいた。

早く家に帰りたい。課題を完成させなくちゃ。

 

「来てくれてありがとう」

しばらくすると女子たちの輪を抜けて明里が隣に来た。

 

「ううん、大丈夫。いつ、雑誌に載るの?」

「二十八日に発売する、来月号」

「へえ、そうなんだ」

 

そんなことは、彼女のマンガ掲載が決まってすぐにサーチ済みだった。知っていて、わたしはわざと知らないふりをして訊いたのだった。

 

「そっか、楽しみだね」

「うん」

「緊張する?」

「うん」

「ヤバイね」

「ヤバイ」

 

なんだかうまく会話が続かなくて不自然な沈黙が落ちてくる。ムズムズとした気まずさに、何か話しをしなくちゃとわたしが口を開きかけたとき、明里が言った。

 

「おめでとうって言ってくれないの?」

 

あ、バレた。わたしは思った。

顔を上げると、かすかに疑いの混じる目がこっちを見つめていた。本当に祝ってくれているよね?  と。

 

「あれ!?  言ってなかったっけ?  言ったつもりになってた」

わたしはとっさにオーバーなリアクションで誤魔化した。悪気のないアピール。

 

「明里、おめでとう」

なにも悟らせないよう、真剣な風を装って、彼女の目を見ながらいう。

 

「ありがとう、嬉しい」

明里はにっこりと笑った。

 

(vol.5につづく)

北原鈴子のプロフィール

大学生の頃、「なんとなく書けそうな気がしなくもないな」と思い執筆を始める。

基本的にぼんやりしており宇宙と交信していると言われながら、休日はスタバで小説を書いたり書くふりをしたりしている。

KADOKAWA電撃大賞にて賞を逃すも、編集者により拾い上げ経験あり。

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