【短編小説】チョコがついてるよなんて言ってあげないから家に帰ってから鏡を見て羞恥心にまみれるがよい ー 『卜』 vol.3

大学に行って好きでもない勉強をするよりは、好きなことを学びたい。

そんな気持ちでわたしは進路をマンガ専門学校に決めた。

 

 

小さい頃から絵を描くのは得意だったし、高校生のころは自作の漫画を描いて友達に読んでもらっていた。だから、わたしにとって専門学校への進学は、その延長線上のようなものとして捉えていた。

 

だけど、入学してすぐ、クラスメイトたちをみて、わたしは自分が場違いなところにいることに気がついた。

そこに集まっていたのは、化け物のような人たちばかりだった。がむしゃらに、むちゃくちゃに、それこそ、少年マンガの主人公のような並々ならぬ情熱も持ってここにやって来た人たち。

 

口を開けば出てくるのはマンガの話で、寝ても覚めてもマンガのことを考えてる人たちばかりだった。

彼らを見ていたら、気ままで楽しいキャンパスライフへの期待で膨らんだ胸は、一気にシュンとしぼんでしまった。

 

そして同時に思った。

わたしは彼らほど夢に真剣になれない、と。

 

目を輝かせて、嬉々として、夢中になって課題に取り組む彼らのそれが、わたしには一種の才能のように見えた。
好きなことに夢中になれる才能。マンガを描くことが好きですか?  と訊かれたら、即座になんの躊躇いもなく、大好きですと答えられる才能。

 

わたしだって、マンガが好きだ。そしてマンガ家になれるものならなりたい。けれど、わたしの好きは、彼らの好きの足元にも及ばない程度の好きに思えて、周りの圧倒的な熱量を前に、住む世界が違うのだと、線引きがされているような気がした。

 

 

占いが終わってからわたしたちは渋谷駅前のカフェに入った。

 

わたしはコーヒーを、明里はジャンボチョコパフェを頼んだ。彼女は細いのによく食べる。
店員に注文をし終えて、一息ついてからわたしはいった。

 

「なんか、めっちゃ普通のおばさん出て来たよね」
「うん、わたし、来るとこ間違えたかと思った」
どうやら彼女も同じ印象を受けていたらしい。

 

「あれは詐欺だよね」
「うん、あれは詐欺」

 

明里がケータイを開きさっきのホームページを出す。わたしたちはそれを覗き込み、二人して笑いをかみ殺す。性格が悪い。

 

「っていうかさ、出生時刻とか、わからなかったんだけど。そんなの知ってる?」

「あったね、その欄。わたしは知ってるよ。午前十一時二十九分。イイニクって親が言ってた」

「なるほど、それは一度聞いたら忘れられない。わたしも親に聞いとくんだったな」

「出生時刻なんて、知ってても他に使い所はないけどね」

「あー、たしかに」

 

そんな風に会話を続けていると、コーヒーとパフェが運ばれて来た。

ジャンボパフェというだけあって、彼女の目の前に置かれたそれは軽く二人前を超えている。

 

「やば、デカすぎない!? 写真撮ろ!」

 

明里は歓声を上げてケータイでパシャパシャと写真を撮り始めた。わたしはシュガーポットから角砂糖を一つ、コーヒーに落とした。クルクルとスプーンで円を描く。

 

明里はしばらく一心不乱にパフェを食べ続けていたが、半分くらい食べ終わったところで、パフェを見つめたまま不意にいった。

 

「占いの結果、どうだった?」

わたしはきた、と思った。

 

「どうだったって?」

わかっていて、わざともったいをつけて言葉を返す。

 

「マンガ家になれるか聞いてみた?」

「うん」

「なんだって?」

「えー、なんか、先に言うのやだ。明里が言ったら言う」

「なにそれ、わたしが訊いたのに。でもまぁ、いっか。わたしはね、才能めっちゃあるみたい」

 

聞いた瞬間、心臓が不自然にドクンと跳ねた。

 

「へぇ、すごいじゃん、よかったね」

動揺を悟られないように落ち着いた声色を意識していうと、明里が嬉しそうな笑顔を作った。三日月型の口の端にチョコが付いている。

 

「千智ちゃんは?」

「まあまあらしい」

わたしはとっさに占い結果をちょっと盛っていった。才能ありといわれた彼女に、自分の結果をそのままを伝えるのが少し癪だった。

 

「そっかー!  わたしたち二人とも才能あるんだね。なーんかやる気出てきちゃったー」

明里がスプーンから手を離し、一つ大きく伸びをした。もしかしたら、お腹がいっぱいなのかもしれない。

 

「まぁ、占いなんて当たるも八卦当たらぬも八卦っていうけどね」

うまい具合に話を締めたところで、今日のことは一つのイベント・娯楽という事象として完結させた。つもりだった。少なくともわたしは。

 

 

不意に手のひらでケータイが震えた。

わたしは自分が今、自室で締め切り直前の課題に追われていることを思い出した。

また現実逃避をしていたらしい。

 

ケータイに視線を落とす。画面には、一日前に通知されるよう設定していたスケジュールが表示されていた。

 

『明里の祝賀会』

 

もうすぐ、明里の描いたマンガが雑誌に載る。言われてもすぐにはピンと来ないような、ほぼ無名の少女マンガ雑誌に。

 

(vol.4につづく)

北原鈴子のプロフィール

大学生の頃、「なんとなく書けそうな気がしなくもないな」と思い執筆を始める。

基本的にぼんやりしており宇宙と交信していると言われながら、休日はスタバで小説を書いたり書くふりをしたりしている。

KADOKAWA電撃大賞にて賞を逃すも、編集者により拾い上げ経験あり。

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