【短編小説】おばさんにもきっとあったんだろうな、ちょっとでも可愛く思われたい、みたいな乙女心 ー 『卜』 vol.2
明里に連れてこられた占い屋は、宇田川町の雑居ビルの二階にひっそりとあった。一階の部分はシャッターが降りていて、テナント募集中の張り紙がされている。
その横の薄暗い外階段を上ると、電飾の灯っていない看板に『占い館』と書かれていた。
「ここ、本当にやってる?」
不安になって訊くと、
「ホームページでは営業中っぽいけど……」
さすがの明里も少し不安そうな顔でうなずいた。
耳を澄ましても中からはなんの音も聞こえてこない。ドアの前で二人して顔を見合わせる。
それから意を決したように明里がドアに手をかけ押し開けた。
雑然とした、あまり広くない空間が広がっていた。人の気配はなく、わたしたちは顔だけ突っ込んで、室内を見回した。
入り口からすぐ、正面に受付カウンターがあり、その奥にドアが一つ。左手には丸机が一つとそれを囲むようにパイプ椅子が三脚置かれている。そして左奥には、もう一つ、別の部屋につながっているっぽいドアがあった。
わたしたちはおずおずと中に入った。
「誰もいないね」
キョロキョロしながら明里が言う。
「あ、これ鳴らすんじゃない?」
カウンターに置かれたベルに気づき、指で鳴らす。少しすると女性がカウンター奥のドアから現れた。
「占いですか?」
「はい、お願いできますか」
明里の言葉に、女性は再びドアの向こうに消えて、今度は手に紙と鉛筆を持って現れた。
「あちらに座ってご記入お願いします」
女性は丸机の方を目で示した。わたしたちは彼女から紙と鉛筆を受け取ってパイプ椅子に座った。
紙には、名前、生年月日、出生時刻、そして占いたいことについて記入をする欄があった。
スルスルと鉛筆を動かし、名前と生年月日を書く。そこで手が止まった。
はて、わたしが生まれた時間はいつだっただろう。
正確な時刻を覚えていなかった。少し考えてから、仕方ないので午後とだけ書く。
あー、でも、これで占いの精度が落ちたら嫌だなぁ。
そう思ってから、別にそこまで信じていないくせに何真剣になってんの、と自分で自分をちょっと笑う。占いたいことを書く欄には、直球で『マンガ家になれるのか』と書いた。
「よかったらこちらをどうぞ」
菓子入れを持ってきた女性に紙を渡すと、彼女は一人ずつ呼ぶからそのまま待っているようにといって、今度は先ほどとは別の、左奥のドアへ消えていった。
「なんか、緊張するね」
明里はそういいながら、次々と菓子入れのカントリーマアムを口の中に放り込んでいく。
「うん、そうだね。緊張する」
言動と行動が反比例する彼女を見ながらわたしは返事をする。
しばらくすると、女性が消えていったドアの中から、声がかかった。呼ばれたのはわたしの名前だった。
ノックしてからドアを開く。そこは電気が薄暗く設定されていて、床一面に赤地に青い模様の入った絨毯が敷かれていた。
六畳ほどの小さな空間に、大ぶりの長机が横向きに置かれていて、その上にはノートパソコンが一台。机を挟んで奥と手前に椅
子が二脚置かれており、奥の方に一人のおばさんが座っていた。
おや、いったいこの所帯染みたおばさんは誰だろう。わたしは首をかしげる。
「どうぞ座って」
彼女に促され、椅子に座る。
そうして、ふと、机の上に置かれた名刺を発見して初めてその人が、ホームページに載っていた占い師であると気がついた。
いや、写真、盛りすぎでしょ。
目の前のおばさんはどう見てもホームページでみた占い師と同一人物には思えない。
若い頃の写真です、と言ってもちょっと無理がある感じ。盛るっていうより、詐欺。
占い師が詐欺写真を使う。それはもう、事実以上にいろんなことを暗示している気がしなくもない。
おばさんの前にはさっきわたしが書いた紙が置かれていて、それを見ながらキーボードでパソコンに打ち込んでいた。
水晶じゃなくてパソコンで占い結果を見るなんて、どうやらスピリチュアル界にもIT化の波は来ているらしい。
おばさんはキーボードから手を離すと、今度はマウスを一度カチッと押した。パソコン画面をじっと見つめて、それからふっとわたしの方を見た。
「あなたにそっちの才能は、あまりないみたいね」
感情のこもっていない声でおばさんは言った。
わたしは、やっぱりな、と思った。
そんなことは言われるまでもなく、わかっていた。今の学校に入学してすぐに。
(vol.3に続く)