【小説】磯野家の場合 ー 竜宮城の解釈

 

磯野家には時間がない、はずだった。

日曜の夕食時に日本国民に家庭の様子を覗き見させてくれる、あの磯野家である。

 

なぜ急に磯野家の話をしだしたかって?

 

サザエ、カツオ、ワカメ、等々。竜宮城と磯野家、構成員がほとんど同じと言っても過言ではなかろう。

当然竜宮城で事が生じれば、磯野家にだって影響は出るというものだ。

 

さて、最初に違和感に気が付いたのはカツオであった。いつも通り、中島と野球をしていたときのこと、ふと中島が言った。

「なあ、昨日は僕が片付けをしたんだ、今日は磯野が片付けろよな」

「昨日…?おかしいな、昨日の記憶がたしかにある」

 

昨日、という概念自体はそれまでもあった。しかし、磯野家の世界にとって、『昨日』が『今日』という日に連続していたことは、今までになかった。

日々は時間軸上に並んでおらず、例えばカツオが0点をとって波平に叱られる日と、サザエが買い物に行くものの財布を忘れる日。それぞれが別個に存在していて、そこに前後関係は生じ得なかったのだ。

 

「カツオさん」

「イクラちゃん、どうしたんだい?」

「そろそろ”ちゃん付け”をやめていただきたい。もう子どもじゃないんでね!」

 

イクラが喋り始めたことで、視聴者たちもようやく事態に気付いたという。

『イクラちゃんの反抗期』の回でのことだ。

 

こうして次第にイクラの語彙は増え、カツオたちの進学、マスオの昇進、波平の退職。嬉しいことも悲しいことも起こった。

その中心にはいつもサザエがいて、喜怒哀楽の表情を見せた。

日本国民たちは戸惑いながらも、画面の外から磯野家の成り行きを見守ったという。

 

さて、一連の現象の理由を知る男が、テレビの外側に一人だけいた。

乙姫を海底に置き去りにし、地上へ戻ってきた例の男である。乙姫と太郎の間に何があったか、そんなことをここに書くのは野暮というものだ。

 

とにかく、悲しみに暮れる乙姫は餞別として太郎に玉手箱を贈り、地上でそれを開けた太郎はみるみると老人になった。同時に、磯野家に時間という概念が誕生した。

玉手箱の中身は『サザエさん』で経過するはずだった50年分もの時間だったというわけだ。

 

男というのは鈍感な生き物で、老人になってから始めて太郎は乙姫の復讐心を感じとった。

太郎が数ヶ月の間姿を消していたうちに、当時のガールフレンドは新たな男とディズニーランドに通っていたが、太郎への怒りは湧かず、ただ太郎とデートを重ねた渋谷の景色を懐かしく思っただけだった。

 

ところで、『サザエさん』の時計の針を動かし始めるという、一国の歴史を揺るがす大罪を犯した乙姫は、フジテレビの敷地である竜宮城を追放になった。

 

時間を閉じ込める技を伝承した世継ぎもいなかったため、もう二度と『サザエさん』の時を止めることは誰にもできず、竜宮城も廃墟となったそうである。

生瀬鴨のプロフィール

脚本家になることを夢見ている大学5年生。

映画サークル在住、専攻は物理学。ドイツ語とサンスクリット語の勉強も始めてます。

頭がよさそうに聴こえるのでちょっとした自慢です。

 

趣味は写真を撮ることと映画鑑賞。いちばん好きな映画はパルプフィクション。

自分と見知らぬ誰かの好奇心を満たしたいと思って小説を書いています。

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