【小説】206号室前にて ー 渋谷≠世紀末 vo.3

 

最近のコンビニ弁当はヤバイ。何がヤバイのかといえば、味のクオリティ。

 

 

ここのところわたしはコンビニ弁当全制覇という小さな野望を叶えるため、日々様々な弁当の買い食いに励んでいる。が、そのどれもがバカみたいにうまい。何を買ってもハズレがない。

 

そんなわけで今日も、夕食用にコンビニで買った親子丼を片手に、アパートへ帰る。

 

 

具材が片寄らないようにレジ袋の中の丼を平行に保ちつつ階段を上がると、フロアにきょろきょろと辺りを見回す女の人が立っていた。猫目で長身の、ミディアムヘアの女の人だった。

どこかの部屋を探しているのだろうか。

 

目の端で困ったような彼女の表情を認めながらも、わたしはまったくもって親切じゃないので、見て見ぬ振りをしてドアに鍵を差し込む。

 

ドアを開けようとしたところで、女の人がぬっと顔を近づけて来た。

 

「ここ、あなたの部屋?」

 

わたしは思わず仰け反って、うなずく。人間のパーソナルスペースを完全に無視した距離感だった。

 

「あなた、名前は?」

「えっ……典子です……」

 

反射的に答えてしまった。見知らぬ人に名前を聞かれても答えちゃいけないって小学校の頃習ったのに。

 

「ここ、シュンスケの部屋よね?」

「え……えっ!?」

 

出た声は想像より大きくフロアに響いた。まさかこのタイミングでシュンスケという名前が出てくるなんて思うわけがない。

 

「シュンスケの部屋よね?  違う?」

 

そう問いながら、彼女は不思議そうにわたしの目を見る。

 

「あっと……いや、その……だ、誰ですか、シュンスケって」

 

しどろもどろになりながら答える。

加奈さんだ!  頭の中でわたしが叫んだ。加奈さんが、シュンスケに会おうと思ってここまで来たのだ。

 

 

「おかしいなぁ」

 

彼女は首を傾げながら独り言のようにそう言って、携帯をいじり始めた。

 

ポケットでわたしの携帯が震える。誰だろうと一瞬意識が逸れかけて、はっとする。加奈さんがシュンスケに探りのメッセージを送ったに違いない。

 

「シュンスケのアパートのはずなんだけどなぁ」

 

そう言って加奈さんはちらりとわたしを見た。

あれ、もしかしてわたしは今、加奈さんにシュンスケの彼女的な何かだと思われてる?  そんな予感が頭をよぎる。

 

ドラマとかだと、このあとシュンスケを交えた三人で修羅場が繰り広げられるやつ。ドラマのクライマックス。女同士で髪の毛を引っ張りあったり罵り合ったりする地獄の場面。

 

でも現実は、シュンスケはここにはいないし、わたしはシュンスケの彼女でもなんでもない。というかわたしがシュンスケ。

このまま黙って部屋に飛び込んでしまおうか。

 

ドアノブをつかむ手に力を込めたとき、加奈さんが不意に口を開いた。

 

 

「典子さん、何か隠してないですか?」

「え、な、なんでですか」

 

振り向くと、目と鼻の先に加奈さんの顔があった。

 

「嘘、ついてない?」

 

夕日を背中に浴びて、彼女の顔には陰が落ちている。瞳が洞穴みたいに真っ黒で、感情が読めない。

 

「ここは、シュンスケの部屋よね?」

 

はっきりと、一語一語を区切るように彼女は言った。

よくよく目を凝らすと彼女の黒目の真ん中に、ぼんやりとした輪郭の、わたしが映っていた。

 

「あなたさ、もしかして──」

「わ、わたし、シュンスケさんの彼女とかそんなんじゃないです!  ほんとうに、知らないです、すみません!」

 

耐えきれずとっさに謝ってしまった。そして、謝ってからシュンスケの存在を自分から認めてしまったことに気がつく。やってしまった。

 

顔を伏せて目をぎゅっと瞑る。沈黙が耳に刺さって痛い。たぶん数十秒かそこらなのだろうけど、その時間はとんでもなく長く感じた。

 

「まさかシュンスケが、年下の女の子だとは思わなかった」

 

加奈さんの静かな声が頭上に降ってきた。

 

いま、なんて言った?

シュンスケが年下の女の子……?

 

わたしは意味を図りかねて恐る恐る顔を上げた。

 

「からかってごめんなさい」

 

目が合うと、加奈さんはそう言って、頭を下げた。

 

わたしは訳がわからずに、ただ呆然と彼女の動きを目で追った。そして、顔を上げた彼女の表情を見て、ギョッとする。

視線の先で、加奈さんはニッコリと笑っていた。

 

「そもそもシュンスケなんて人、いないのよ」

 

 

(vo.4へ続く)

北原鈴子のプロフィール

大学生の頃、「なんとなく書けそうな気がしなくもないな」と思い執筆を始める。

基本的にぼんやりしており宇宙と交信していると言われながら、休日はスタバで小説を書いたり書くふりをしたりしている。

KADOKAWA電撃大賞にて賞を逃すも、編集者により拾い上げ経験あり。

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