【小説】1人暮らし@渋谷 ー 渋谷≠世紀末 vo.1
渋谷といえば、怖いところ。
若者の街、渋谷。なんかあの、スクールカースト上位の寄せ集めみたいな街。休み時間に教室の片隅で本を読んでいるわたしのような人間には無縁の街。
109とかいう緊急通報番号みたいな名前のビルには戦闘力のたかそうな女子たちがうようよしていて、一歩店内に足を踏み入れようものなら、対峙する意思がなくとも彼女たちが御構い無しに話しかけてくる。
某有名漫画の、胸に7つの傷を持つ男、世紀末を旅するケンシロウもこんな感じだったのだろうか。
そんなことを思いながらも、残念ながらわたしは、彼女たちを黙らせる秘孔を突くことはできない。だからその場を「えっ」「あっ」「すみません」の三段活用でしのぐ。
以上がわたしの持つ渋谷のイメージ。渋谷怖い。
今年の春、大学進学を機に渋谷で一人暮らしを始めた。
女の子は若いだけで狙われやすいんだからなるべく大学に近いところに住みなさい、顔なんて関係ないのよ。と、心配しているんだか貶しめているんだか微妙なラインの母の助言によって、大学まで徒歩圏内の渋谷に住むことになった。
住めば都というけれど、あれ、たぶん嘘。だって住み始めて二ヶ月経った今も、わたしはちゃんとまだ、この街が怖い。
そんなんだから、わたしの生活は基本的に大学とアパートとコンビニの往復で構成されている。
大学へ行ってアパートへ帰ってコンビニへ行ってアパートへ帰る。それだけ。
コンビニがあれば生活に困ることはなかったし、休みの日には寝るか携帯をいじるか漫画を読めば、時間は潰せた。
最近は、引越しの際に父の本棚からこっそりとくすねて来た漫画を読むのがマイブーム。ケンシロウの肉体美が素晴らしい。
ベッドに転がって漫画を読みふけっていると、玄関の方からガサゴソと音がした。
どこから住民が入ったことを嗅ぎつけたのか、近頃ポストには、わたし宛の郵便が何通も届く。
どうせまたダイレクトメールだろうと放置しっぱなしだったポストの中身を引っ張り出す。郵便物は結構な量になっていた。
流れ作業のように、封筒を開封してはチラッと目を通す。やはりダイレクトメールばかりだった。
『お肌のタルミにはコレ!』
『腰痛改善ストレッチパンツ』
『青汁で生涯現役!』
これらの広告をどのような気持ちで見つめたらいいのだろう。あいにくと、わたしはまだ18歳だ。
開封するのにも飽きて、読まずに捨ててしまおうかと思ったとき、一つの手紙に目が止まった。
『シュンスケへ』
そんな出だしから始まる文章は、手書きだった。
やば、これ、他人宛の手紙じゃん。
開いてから気がついた。慌てて裏を見ると住所は合っていた。きっと前の住民宛のものだ。差出人は、大倉加奈と書かれていた。
わたしはもう一度、便箋に視線を落とした。
———
シュンスケへ
もう一度抱きしめさせてください。わたしはまだ、シュンスケが帰って来てくれると信じています。わたしは今でもシュンスケが大好きです。シュンスケがいない人生なんて考えられません。死んでしまいたい。声だけでも聞きたいです。寂しい。わたしをひとりにしないで。シュンスケのことが大好きです。
———
思わず、うへぇ、と声が出る。なんとも重い愛の手紙だった。
きっと、彼氏に振られたけれど縋りに縋って、ついに着拒をされたから手紙に想いを託したって感じなのだろう。
振られてなお、こんな恋心ダダ漏れの未練トッピング愛情マシマシ、みたいな二郎系恋文はなかなか復縁に結びつかないんじゃないだろうか。
でも、うん、わかる。ひとりってさみしいよね。わたしもさみしい。とてもさみしい。渋谷にはこんなにも人がいるのに、わたしは未だ、ここに知り合いのひとりもいない。
荷ほどき途中のダンボールの中から便箋を引っ張り出した。
『俺のことは忘れて、幸せになってください』
そう書いて、手紙を送り返した。
(vo.2へ続く)