もうすぐ30歳になるたつやくんへ

 

たつやくん

 

自分たちが、もう30歳を

目前にしているなんて、

なんだかびっくりするよね。

 

バイト先に1ヶ月遅れて

たつやくんが入って来てから、

もう10年経つらしい。

 

地方から出てきたばかり、

まだ友達もほとんどいない。

所在なさげにお店の奥で

まかないを食べていて、

わたしよりも30センチも身長が高いのに、

子犬みたいだったよ。

 

たつやくんと出会った19歳の私は、

冗談のひとつもいえない、

ガチガチの堅苦しい人間だった。

 

学校では通信簿オール5、

家ではしっかりものの長女。

「いいこ」じゃないと、

なんだか自分の存在意義が

なくなっちゃいそうで…。

 

上っ面の付き合いだけで済ませて、

害のないように、波風立てないように、

ずっと心がけて生きてた。

 

そんな私が、生まれて初めて

わがままを言えたのは、

たつやくんだったと思う。

「わかるよ」って、それだけ言ってくれたね。

 

夜遅くなったら家の近くまで送ってくれたり、

悩んだ時に気の済むまで

電話に付き合ってくれたり、

バイト先で私がみんなの嫌がる仕事を

黙々とやっているの、

いつも見逃さないでいてくれた。

 

大学で同じ授業を受けるとか、

ディズニーランドでデートするとか、

サークルの試合の応援に行くとか、

「大学生の彼女」らしいこともさせてもらえた。

 

たつやくんといると、いままで私は

どれだけ浅く息を吸っていたんだ、ってくらい、

肩の力が抜けたんだ。

朝が弱いことも、料理が下手なことも、

笑って抱きしめてくれたし。

 

20代前半を謳歌していた私達は、

正しい自分だけで生きていけると

本気で思ってたよね。

 

バイト先の女の子が、

私に辛く当たるのがすごく苦しくて、

よく話しあったね。

 

たつやくんは、なんとか2人が

仲良くなれるよう取り持ってくれた。

でも彼女の嫌がらせは

エスカレートするばかりで、

私、どんどん苦しくなっていった。

 

正しい自分、誰かを嫌わない自分。

 

そんな姿を私は目指せなくなって、

たつやくんから逃げ出して、

裏切るようなことをしました。

たつやくんをひどく傷つけてしまった。

そして同じくらい、私も長く静かに、

たつやくんに傷つけられていた。

 

別れた後、その女の子がたつやくんのこと

好きだったってことを知って、

もうさ、どうしたらいい?って顔を

2人でしたのを覚えてる。

でも、もう仕方なくて、

ただ、仕方なかったね。

 

私はあれからバイトを辞めて、

会社勤めを始めたよ。

 

要領悪くて残業ばかりだったときもあったし、

異動先の上司と意見が合わずに

毎日泣いて帰ったときもあった。

 

部下ができて接し方に戸惑ったり、

予算の組み方がわかんなくて、

エクセルとにらめっこしたり、

どこにでもいる普通の社会人。

 

どんなひとも、弱ったときには

悪いことに手を出してしまうことを知ったし、

だからこそ白黒つけずに

曖昧に済ませる術も覚えた。

 

ビールを浴びるように飲んでてふらふらで、

夜風に当たりながら

電車のホーム歩いたりしていると、

ああ私、大人になっちゃったなって思った。

たつやくんにも、そんな毎日あったのかな?

 

そして、わたしもうすぐ30歳になる。

来年結婚することになった。

会社の先輩。

私に似て、むちゃくちゃ不器用な人。

 

わたしの優しさのルーツは、

どうしたってたつやくんにあるから、

私が先輩に優しくするときは、

たつやくんがしてくれたように、するしかない。

 

私が誰かに心を許せるのは、

誰かに愛された時に、

どう振る舞ったらいいか

たつやくんが教えてくれたから。

そうして、私は先輩と

穏やかな関係を築いてきた。

たつやくんと出会っていなかったら、

いなかった自分で。

 

もう二度と会いたくないだろうし、

私も会いたくないんだけど。

だから、手紙を書いてみた。

 

あのとき、改札の前でさよならした後も、

私の中には、たつやくんからもらったものが

たくさん残っていて、

それは確実に私の人生を、

やわらかく温かくし続けてくれているよ。

 

だからどうか、私の知らないところで、

私よりもずっとずっと美人で素敵な人と、

最高に幸せでいてね。

 

ありがとう。

 

【書き手】

sora

 

妄想ラブレターとは

中学の頃好きだったあの子、

高校のとき一緒に帰っていた彼、

大学で一瞬いいなと思ったあの人……。

 

恋の片鱗はどんなときにもあったけれど、

「好き」という言葉を

伝えることができた相手は、

思ったより少ないのではないのでは?

 

それぞれが胸のなかに秘めた「好き」を

思い出すきっかけにしてほしくて、

『妄想ラブレター』の連載を始めました。

 

寄せられるラブレターは、すべて妄想。

書き手の実体験をもとにしたものや、

どこかで聞いたような話も

あるかもしれませんが、

どこまでもフィクションです。

 

でもその中につづられた

「好き」に触れるうち、

あなたの中の甘酸っぱい思い出が目覚める…

なんてこともあるかも?

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