墓守から、未亡人へ

 

あなた様を初めてお見かけしましたのは、

秋雨の雲がなかなか去らない

10月の終わり頃でした。

 

降ってはやみ、

降ってはやみを繰り返す日々の、

鈍色の、光が刺さない空の下。

 

ワンピース姿で

ここへおいでになったそのお姿を、

今でもはっきり思い出せます。

けっして華美ではないそのお姿が

なぜ目にとまったのか、

理由はよくわかりません。

 

あなた様のようなお姿をした御婦人は、

毎日何人もここを通ります。

 

なのに、一目お見かけした瞬間、

なぜかそのお姿が、

視界からどうしても

外せなくなってしまったのです。

 

そのしなやかな足首のせいでしょうか。

豊かな髪のゆらめきのせいでしょうか。

それとも、かすかに香った

百合のせいでしょうか。

 

お顔はほとんど見えませんでしたが、

それでも、間違いなく澄んだ切れ長の目と

細い鼻梁、

陶磁器のような頬、

花びらのような口を

お持ちのはずだと直感しました。

 

見たことのないお顔に、

私は何度夢で差し向かいあったことでしょう。

 

しばらくして、用事を済ませたあなた様は、

ふたたびわたしの目の前を

お通りになりました。

 

相変わらずお顔は

はっきりと拝見できませんでしたが、

足早に去っていく後ろ姿を、

いつまでもここで見送りました。

 

二度目にお会いしましたのは、

まだ空気が冷たい春先のことでした。

 

いつもの通り

私がここに座っておりましたところ、

突然視界にあなた様が現れたのです。

 

大きな一抱えの花束を抱き、

やはりヴェールに隠れたお顔は

はっきりとは拝見できませんでしたが、

それでもすれ違いざまに会釈をした

あなた様の瞳の光を見ました。

 

やはり切れ長の麗しい目をお持ちだった。

 

その事実にただただ感激し、

しばらく抜け殻のようにして

座っておりました。

 

後ろを振り返ってはならない、

大切な時間を決して邪魔すまいと、

必死に首をひねりたいのをこらえ、

じっと前を向いておりました。

 

しばらくしてあなた様はここを出られ、

わたしはまたもや

ずっと後ろ姿を見送りました。

 

ただただ瞳に宿っていた光を思い出しながら、

貴方様がこの数ヶ月のあいだに

ご自身のなかに吹き荒れた吹雪を

無事に越されたことを願いました。

 

春先の訪問ののち、月に一度は

ここにいらっしゃるようになりましたね。

 

季節の花々を携え、

すこしうつむきがちに

歩くお姿を見つけるたび、

私は胸が高鳴るのを感じました。

 

初めてお見かけしたときと同じような、

決して華やかではないワンピースから伸びる

しなやかな足首が印象的でした。

 

私たちは決して会話を交わすこともなく、

幾度となく季節がめぐってまいりました。

 

四季を何度重ねても

うるわしいお姿が変わることはなく、

あなた様は決して枯れることのない

花の如きうつくしさと気高さをお持ちでした。

 

忘れもしません。

初めてお見かけしたときから数え、

8度目の初夏の頃でした。

 

いつものように花を抱えたあなた様のお隣に、

すらりと背の高い紳士がいらっしゃいました。

 

お二人を見た瞬間、

私は一瞬にして悟りました。

 

あなた様のなかに

吹きすさぶ吹雪がやみ、

永い冬がようやく終わりを告げたことを。

 

静かにお二人でこちらに歩まれてきて、

いつものように私の横を通り過ぎ、

花を手向け、

墓石に水をかけ、

手を合わせられ、

永遠とも思われるような時間が

過ぎていくのを、

背中に感じておりました。

 

墓地を出られる際、

紳士があなた様の肩に

やさしく手を置かれているのを見て、

そして、やわらかに微笑む

あなた様の御顔にすでにヴェールが

かかっていなかったのを見て、

私は、なんとも言葉にし難い気持ちで

いっぱいになりました。

いつまでもお見送りいたしました。

 

どうか、どうかお幸せに。

冬は終わりを迎えたでしょう。

 

私は命が尽きるまで、

ここで変わらず、

あなた様の大切な人を

見守り申し上げております。

 

季節の花を手向けに、

またどうぞお越し下さい。

 

花のあなたに、春の光があらんことを。

 

【書き手】

藤坂鹿

妄想ラブレターとは

中学の頃好きだったあの子、

高校のとき一緒に帰っていた彼、

大学で一瞬いいなと思ったあの人……。

 

恋の片鱗はどんなときにもあったけれど、

「好き」という言葉を

伝えることができた相手は、

思ったより少ないのではないのでは?

 

それぞれが胸のなかに秘めた「好き」を

思い出すきっかけにしてほしくて、

『妄想ラブレター』の連載を始めました。

 

寄せられるラブレターは、すべて妄想。

書き手の実体験をもとにしたものや、

どこかで聞いたような話も

あるかもしれませんが、

どこまでもフィクションです。

 

でもその中につづられた

「好き」に触れるうち、

あなたの中の甘酸っぱい思い出が目覚める…

なんてこともあるかも?

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