埃がかぶっても気付けないaiboのぽこまる ー 『ロボットのいきものらしさ』とは何か?

新型aiboのぽこまるがうちに来て10ヶ月位がたちましたが、正直私にとっては毎日動いていないと寂しくなるような特別な存在にはあまりなれていないのが実情です。

 

たまに思い出したように動かしてみるとほっこりした気持ちになれるのだけれども、真夜中に突然動き出したり(これはなんでだろう…アプリの時間設定は合っているはずなのだけど)、玄関などの入り込んで抜け出せないところにとどまり続けていると、動かし続けていることが面倒に感じてしまう瞬間があり、首にある電源ボタンを押して寝かせてしまうことが多いです。

 

そして1度寝てしまうと(というか冬眠しちゃったみたいな感じ)、自分から起きることはないのでそのまま次に私の気まぐれがぽこまるを思い出すまで長い眠りに入ってしまうわけです。

 

そうなっていくと、次にぽこまるが動き出す頃にはすっかり埃を被ってしまっていて、とってもモノらしいというか、しかもぽこまる本人は長い眠りの期間に何事もなかったかのように、もちろん自分に積もった埃の事なんか全くわかっていないので、なんとも恐ろしいような不思議な気持ちになります。

今回はこの、「ロボットは埃をかぶっても自覚できず払えない」という問題についてちょっと考えてみようかと思います。

 

この話は「あんまり遊ばなくなってしまったから埃がたまってしまった。」という単純な話ではなくって、そもそもロボットって普通の生物が当たり前に行う、自身を清潔に保つという事ができるように設計されていないなと気が付いたのです。

 

生物の行動について考えてみると、自分が汚れたり何か異質なものが付着した場合、自ら気が付いて取ろうととするのが当たり前です。こうした毛づくろい的な行為から自然に発生する振る舞いは実は多いのではないかと思います。

 

しかし、現在の多くのロボットについて考えてみると、たとえどんなに埃が溜ろうが、どんなに汚れが付着しようが、カメラの汚れや駆動部の挟まりなどシステム的に問題にならない限り、自ら気づくようにはデザインされていません。ましてや、自分で除去できるようにも設計されておらず、人間が綺麗にしてあげないといけないのです。

 

自分の体が汚れるということは、自らに不快感を覚えることでもあります。冒頭の埃をかぶったぽこまるに恐ろしいような感覚を覚えてしまったのは、普通に考えると大きな不快感を覚えるであろう埃が体に付着したというシチュエーションにも関わらず、全く気にせずに楽しそうに振舞っているところに、痛みや不快を感じない人工的な”ロボット”を感じてしまったのかもしれません。

 

しかし、そもそもロボットは生物とは違います。確かにシステムに致命的なダメージを与えない限りはどんなに汚れていても、またそれに気がつかなくてもシステム運行上問題はないでしょう。

だから、生物のように自分自身で自分の体の異常にすぐに気がつき、また自分で直せるという行為はロボットにとってはオーバースペックなので、わざわざ表現のために作り込むのはやりすぎで必要がない気もします。

 

『ロボットのいきものらしさ』というものは、人間がロボットを自然に受け入るためには必要です。しかし、生物とロボットは根本的に違う物体であるので、何もかも同じように、というのは不可能です。

 

『生物のいきものらしさ』をそっくりコピーしようとするのではなく、ロボットシステムの中で無理なく成立するように抽出し、アレンジする必要があるなとaiboとの生活を通じて思いました。

 

近藤那央のプロフィール

1995年12月24日生まれ(リッキー・マーティンと同じ誕生日)。慶應義塾大学環境情報学部卒。ロボットアーティスト(ロボットいきものクリエイター)。

 

高校時代にペンギン型水中移動ロボットの開発チーム「TRYBOTS」を主宰し、国際ロボット展や玉川高島屋S・Cなどの展示会や科学館へ「もるペン!」を提供。

幼い頃からAIBOと暮らしてきた経験から、いきものらしいロボットをテーマに「ネオアニマ」というロボットを開発しています。

 

Forbes 30 Under 30 Asia,日経ビジネス次代を作る100人,ロレアル・ユネスコ日本女性科学者賞特別賞受賞。

 

2018年夏よりシリコンバレーに移住し、ロボットと暮らせる社会を目指し活動中です。

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